
吉祥文様(季節と意味編)【Re:Discover Kimono】
恥ずかしい思い込みの話から始めます。柄が植物なら、季節に関係なくいつでも身につけていいものだと、わたしはずっと思っていました。花の柄なんだから、いつ着ても素敵なはず——そう信じて疑わなかったんです。 でも調べてみると、それは思い込みでした。この「季節のルール」の正体、吉祥文様について調べてみました。 吉祥文様とは「めでたさ」を意味として持たせた文様の総称です。技法ではなく意味による分類なので、友禅(染め)で描こうが西陣(織り)で織ろうが、鶴を置けば吉祥文様になります。ひとつの様式というより、由来のばらばらなものの寄せ集めに近いんですね。 骨格の多くは中国から来ています。鶴、亀甲、鳳凰、唐草、宝尽くしの祖型の八宝は、いずれも大陸から入って日本で読み替えられたもの。中国には、めでたい言葉を漢字の音を借りて形にする伝統があり(蝙蝠の「蝠」が「福」と同音、など)、その方法論ごと輸入されて、日本側が意味を積み重ねていったようです。 代表格をいくつか。松竹梅は中国の絵画主題「歳寒三友」が元で、冬でも緑や花を保つ松・竹・梅を君子の友になぞらえた見立てです。日本美術の主要主題に押し上げたのは鎌倉・室町の禅僧たちで、現存最古の松竹梅の絵は、京都国立博物館の「雪裡三友図」(室町時代・15世紀)です。「平安時代に伝わった」ともよく言われますが、裏づける作品はまだ見つかっていないようです。 鶴亀は長寿の象徴。鶴と亀を組み合わせるのは日本での定型で、丹頂鶴と蓑亀を並べる例が多いんだとか。鶴には夫婦円満の意味もあります。 宝尽くしは縁起物を散らした文様。祖型は中国の八宝で、日本で中身を入れ替えました。江戸後期の作例には振れば宝が出る打出の小槌、身を隠す隠れ蓑・隠れ笠など由来の面白い品が並び、組み合わせは作品ごとに違って固定の「正解」はないそうです。 七宝は、同じ大きさの円を四分の一ずつ重ねてつなぐ幾何学文様。正倉院の裂にすでにこの構成があることは実物で確認済みで、円が途切れず連なることから調和や繁栄を表すとされます。この意味づけは業界で共有されている説明で、学術的な裏づけまでは確認できていません。 麻の葉は正六角形を基本にした連続文様で、源流は鎌倉時代の仏教美術。最古級は京都・大報恩寺の十大弟子立像で、当初は不動明王などの仏像の衣に偏って現れていたそうです。衣服の柄になったのは江戸時代からと意外と遅め。「麻のようにすくすく育つように」という成長祈願の意味は後づけの可能性が高く、学術研究によれば先に魔除けの文様として定着していたようです。 吉祥文様は礼装ほど濃くなる、という傾向があります。黒留袖や訪問着には定番でも、紬や小紋に大きく置く例は少ない。頂点は婚礼衣裳で、東京国立博物館の打掛には松竹梅・鶴亀・宝尽くしが一領に同居する例も残っています。 季節の話に戻ります。吉祥文様は季節を問わず着られるというのが業界の共通見解ですが、例外があり、境目は「植物か否か」ではなく「描き方」です。桜は通年OKでも、枝まで描き込んだ写実的な桜だけは開花前までに着るとされ、菊も写実的に単独で描かれたものは9月後半から11月ごろ、図案化されていれば通年。松竹梅や鶴亀、宝尽くしのようにデフォルメの度合いが高い柄には、この問題が起きません。冒頭のわたしの思い込みは、まさにこの境界線を見落としていたわけです。 裁つ側から見ると、この知識は実務にも直結しています。意味を知らずに生地を裁つと、縁起物を真っ二つにする事故が起こり得ます。散らす柄の宝尽くしは分断に強い一方、鶴一羽や松竹梅の一群のように完結した図柄は裁ち位置がそのまま仕上がりを左右する。この「柄を見立てる目」という工程は、就労継続支援B型事業所(障がいのある方の就労を支える福祉サービスの事業所)での作業を平準化・マニュアル化していくときの対象にもなり得ると聞きました。 次回は、吉祥文様と並んで礼装に欠かせない「有職文様」について見ていきたいと思います。 Re:ADY B マーケティングディレクター SUMIRE





